No4  グリーンファイターからの贈り物<

(2002年3月/母)

「ぼくグリーンファイターに入って、野球をやるよ」。息子がそう言い出したのは、3年生の6月のことでした。 当時から仲の良かったお友達に、お誘いを受けていたのは知っていましたが、新しいことを始めることに、少々臆病な息子が、 しばらく考えての決心だったようです。

さっそく日曜日、幼稚園の頃、祖父に買ってもらった小さなグローブを持って見学に行き、その日のうちにグリーンの 帽子をかぶって楽しそうに帰ってきました。

でも、何回か練習に行くうちに、キャッチボールなど一度もやったことのなかった自分と回りのお友達との力の差を感じ、 帰ってから涙する日もありました。そんな時は「あとから始めたんだから仕方がないんじゃない。がんばって練習すれば きっとみんなのようになれるから、あきらめないで続けてごらん」と言って励ましてやることと、なるべく練習を見に行って やることぐらいしか出来ませんでした。

4年生としてチームを組んだ頃から、父親もコーチとして参加させていただくことになり、同じユニフォームを着て、 おにぎりを持って、毎週一緒に練習に行くようになりました。この頃から、自分も試合に出たいという気持ちが強くなってきたらしく、 みんなとの練習が終わったあと、芝山グラウンドや家の近くの公園で、父親と二人で練習したり、夜一人で素振りをしていたようです。

そのうち「今日はヒットを打ったよ!」「今日はフライを捕ったよ!」と誇らしげに帰宅する日もあり、 「あきらめずに頑張ってよかったね」と言って、ほめてやりました。息子はきっと「あきらめずに頑張れば、 必ずそれだけの結果が得られるんだ」ということを野球を通して学んだに違いありません。

普段、仕事で帰りが遅く、一緒に過ごす時間が少ない父親と、練習から帰って一緒にお風呂に入ったり、夕ご飯の時も、 野球を通して父子の会話が増えていったように思えます。

5年生になると、試合数も多くなりましたが、なかなか勝つことができず、「強いチームになりたいのか、 楽しい野球ができればいいのか」という監督からの言葉に、仲間で話し合い「強くなりたい。勝ちたい」とみんなで誓い合い、 一生懸命練習を重ねていました。

6年生の大会では、その努力が実を結び、いくつかの賞をいただくことが出来、本当にうれしそうでした。 最後の公式戦、あと一歩というところで決勝戦に進むことができなくて、全員の目からいつまでもいつまでもあふれ出る涙を見た時は、 胸がいっぱいになり、かける言葉も見つかりませんでした。いい仲間や良き指導者に恵まれ、こんなに夢中になれるものに、 少年時代に出会えたのは、とても幸せなことですし、貴重な経験だったと思います。

3年ほど前、野球を始める前の息子を思い出してみると、グリーンファイターには、野球の技術はもちろんのこと、 それを通して精神的にも肉体的にも本当にいろいろなことを教えていただいたと感謝しています。親にとっても学ぶことの多い グリーンファイターでした。そしてまた、たくさんの思い出や感動もいただきました。

これから中学校へ進み、新しい生活が始まるわけですが、息子には、一緒に頑張った仲間のこと、お世話になった 監督やコーチのこと、そしてグリーンファイターで学んだ数々のことを忘れずに、“やさしく・たくましく”生きていって ほしいと思っています。

最後になりましたが、お仕事でお忙しいにもかかわらず、息子たちのために全力でご指導くださった代表・監督・コーチの 方々に深く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。


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